木が傷を守るために出したもの。沈香と、原理は同じ。
この記事の要点
- 乳香(フランキンセンス)も没薬(ミルラ)も、木が傷を守るために分泌した樹脂が固まったものです。
- 乳香は淡い黄金色で清涼感と明るい甘さ、没薬は赤褐色で苦みを含む重い甘さです。
- 樹脂の粒のままなので火をつけても燃えません。香炉の灰に炭を熾し、その上にひと粒のせて焚きます。
- 日本のお香で樹脂系に近いのはパロサントです。炭が不要で、火をつけるだけで焚けます。
『新約聖書』で、東方の三博士が幼子イエスに捧げたのは黄金・乳香・没薬でした。黄金と並べて贈られるほど、この二つの樹脂は貴重だったということです。乳香(にゅうこう)=フランキンセンス、没薬(もつやく)=ミルラ。この記事では、その正体と香りを解説します。
樹脂が香る、という仕組み
乳香も没薬も、木そのものではなく木が分泌した樹脂です。幹に傷をつけると、木は傷口を守るために樹液を出す。それが空気に触れて固まったものを採取します。
この仕組みは、日本人が尊んできた沈香とまったく同じです。沈香もまた、ジンチョウゲ科の木が傷を守るために蓄えた樹脂が香ります。地域も文化もまるで違うのに、人類は同じ現象を見つけ、同じように尊んできました。
パロサントも、倒れた木の内部で樹脂が凝縮することで香る木です。「傷や時間が、香りを生む」——これは香りの世界に共通する原理です。
乳香(フランキンセンス)
乳香は、アラビア半島から東アフリカに育つボスウェリア属の木から採れる樹脂です。清涼感のある立ち上がりと、明るい甘さが特徴です。
- 採れる木:カンラン科ボスウェリア属。オマーン、イエメン、ソマリアなどアラビア半島から東アフリカにかけて
- 見た目:淡い黄金色から乳白色の粒。半透明で、光を通す
- 名前の由来:樹液が乳白色に固まることから「乳香」
- 香り:柑橘を思わせる清涼感のあるトップから、樹脂らしい甘さと、かすかなスパイス感へ
教会で焚かれる香の中心がこの乳香です。キリスト教の礼拝空間の匂いは、多くの場合フランキンセンスと考えて差し支えありません。日本人にとっての白檀=お寺の香り、と同じ関係です。
没薬(ミルラ)
没薬は、乳香と近縁のコンミフォラ属から採れる赤褐色の樹脂です。苦みを含んだ深い甘さで、乳香より重く薬草的な香りがします。
- 採れる木:カンラン科コンミフォラ属。乳香と近縁
- 見た目:赤褐色から濃い茶色の粒。乳香より不透明
- 香り:苦みを含んだ深い甘さ。乳香より重く、薬草的
- 歴史:古代エジプトではミイラの防腐処理に使われた
三博士の贈りものが「王の黄金・神の乳香・死者の没薬」と解釈されるのは、没薬が埋葬と結びついていたからです。香りそのものにも、どこか厳粛な重さがあります。
二つを比べる
違いは明るさと重さです。乳香は明るく祈りの場に、没薬は陰影が深く埋葬や薬と結びついてきました。
| 乳香(フランキンセンス) | 没薬(ミルラ) | |
|---|---|---|
| 色 | 淡い黄金色・半透明 | 赤褐色・不透明 |
| 香りの印象 | 清涼感と、明るい甘さ | 苦みを含む、重い甘さ |
| 結びつく場 | 礼拝・祈り | 埋葬・薬 |
| 日本の香木でいえば | 白檀に近い明るさ | 沈香に近い陰影 |
焚き方 — 成型されていないので、炭が要る
乳香・没薬は樹脂の粒のまま売られています。スティックのように火をつけても燃えません。焚くには炭が必要です。
- 香炉に灰を入れる — 耐熱の器と、香炉灰を用意します
- 炭に着火する — 専用の炭(チャコールタブレット)を熾し、灰に半分埋めます
- 樹脂をひと粒のせる — 熱で溶けながら、白い煙とともに香ります
この方法は香道の聞香や練香とほぼ同じ構造です。洋の東西を問わず、「炭で温める」が香りの原点だったことが分かります。
注意点として、樹脂の香りはかなり強く、煙も多く出ます。日本の住宅で焚くなら、量はごく少量、換気は必須です(煙の少ないお香)。
日本のお香で、近い香りを探すなら
樹脂の系統に惹かれるなら、日本のお香ではパロサントがもっとも近い方向です。やわらかな甘さのウッディに、ほのかなスモーキーさと樹脂感——乳香と没薬の中間のような位置にあります。
炭を用意する必要もなく、火をつけるだけで焚けます。樹脂系の香りが自分に合うかどうかを確かめる入口としては、こちらのほうが手軽です。
香りの系統全体を見渡したい方は、お香の種類と香りの系統もあわせてどうぞ。
よくある質問
- 乳香と没薬の違いは何ですか?
- 乳香は淡い黄金色で半透明、清涼感と明るい甘さがあり礼拝と結びついています。没薬は赤褐色で不透明、苦みを含む重い甘さで、古代エジプトでは防腐処理に使われ埋葬と結びついています。
- フランキンセンスとはどんな香りですか?
- 柑橘を思わせる清涼感のある立ち上がりから、樹脂らしい甘さとかすかなスパイス感へと移ろいます。教会で焚かれる香の中心で、キリスト教の礼拝空間の匂いといえばこの香りです。
- 乳香・没薬はどうやって焚きますか?
- 樹脂の粒のままなので、火をつけても燃えません。香炉に灰を入れ、専用の炭を熾して半分埋め、その上に樹脂をひと粒のせます。日本の香道の聞香や練香とほぼ同じ方法です。
- 乳香と沈香は関係がありますか?
- 香りの成り立ちが同じです。どちらも木が傷を守るために分泌した樹脂が香ります。地域も文化も違いますが、人類は同じ現象を見つけて同じように尊んできました。
- 日本のお香で樹脂系に近いものはありますか?
- パロサントがもっとも近い方向です。やわらかな甘さのウッディに、ほのかなスモーキーさと樹脂感が重なります。炭が不要で火をつけるだけで焚けるため、樹脂系が好みかを試す入口に向いています。
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