貝の器に収められた黒い練香の玉

炭の熱でゆっくり溶ける。急がない香り。

この記事の要点

  • 練香は香原料の粉を蜂蜜や梅肉で練り、壺で熟成させた丸薬状のお香です。
  • 直接火をつけず、香炉の灰に埋めた炭の熱で温めます。だから煙がほとんど出ません。
  • 平安貴族にとって練香は自分で調合する自己表現で、『源氏物語』にも競い合う場面が残ります。
  • 代表的な処方が六種の薫物です。梅花は春を表しますが、梅の花は使われていません。

スティックのお香が日本で普及したのは、実は江戸時代以降のこと。それ以前、平安貴族が楽しんでいたお香は「練香(ねりこう)」でした。粉にした香原料を蜂蜜などで練り、壺に詰めて熟成させる——手間も時間もかかる、もっとも古いスタイルのお香です。

練香とは — 蜜で練り、土に埋めて寝かせる

練香とは、香原料の粉を蜂蜜や梅肉で練り、丸薬状にして壺で熟成させたお香です。つくり方は、おおよそ次のとおりです。

  1. 沈香・白檀・丁子(ちょうじ=クローブ)・甲香(かいこう=巻貝のふたを加工した香原料)などを、細かい粉にする
  2. 蜂蜜や梅肉を加えて、耳たぶほどの硬さに練り上げる
  3. 小さな丸薬状に丸め、壺に詰める
  4. 冷暗所で数ヶ月から数年、熟成させる

平安の頃には、壺を土に埋めて寝かせたとも伝わります。寝かせることで香りの角が取れ、原料同士が溶け合って、練香独特のまろやかさが生まれます。ワインや味噌に近い発想です。

源氏物語の「薫物合わせ」

『源氏物語』の「梅枝(うめがえ)」の巻には、薫物合わせ(たきものあわせ)——それぞれが調合した練香を持ち寄り、優劣を競う場面が描かれています。

ここで重要なのは、練香が個人の作品だったということです。買うものではなく、自分で調合するもの。配合は秘伝とされ、その人の教養と美意識が香りに表れる。香りは、平安貴族にとって自己表現の手段でした。

当時は衣に香りを焚きしめる「薫衣(くのえ)」も盛んで、すれ違っただけで誰か分かる、という描写も残っています。香りが名刺のように機能していたわけです。

六種の薫物 — 季節と情景の処方

練香には六種の薫物(むくさのたきもの)と呼ばれる代表的な処方があり、それぞれ季節や情景に結びつけられています。

名前結びつく季節・情景
梅花(ばいか)春。梅の花の香りに見立てる
荷葉(かよう)夏。蓮の葉の涼やかさ
菊花(きっか)秋。菊の気品
落葉(らくよう)秋の終わり。散り敷く葉
侍従(じじゅう)秋。過ぎゆくものへの思い
黒方(くろぼう)冬・祝いの席。もっとも重厚

面白いのは、梅花に梅の花は入っていないことです。香木やスパイスの配合で「梅の香りらしさ」を組み立てる。実際の花の香りを写すのではなく、香りで情景を表現する——この考え方は、いまの調香とまったく同じです。

焚き方 — 火を直接つけない

練香は蜜を含んでいるので、直接火をつけても燃えません。香道の聞香と同じく、炭の熱で間接的に温めます

  1. 香炉に灰を入れ、火をつけた炭団(たどん=炭の粉を丸めた燃料)を埋める
  2. 灰を整え、その上に練香をひと粒のせる
  3. 熱でゆっくり溶けながら、香りが立ちのぼる

煙はほとんど出ません。香りは湿り気を帯びていて、スティックのお香よりもしっとりと重いのが特徴です。茶席で使われるのは、この静かさゆえです。

現代の暮らしのなかで

正直に言えば、練香は日常使いには向きません。炭の準備が要り、火加減も難しい。「毎日ちょっと焚く」ためのお香ではないのです。

ですが、練香が持っていた発想は現代のお香にそのまま生きています。複数の香原料を組み合わせて、ひとつの情景を立ち上げるという考え方です。nagomi. の金木犀にネロリやイランイラン、ジャスミンが入っているのも、金木犀という記憶を香りで再構成するためです(香りづくりのこだわり)。

練香の世界に触れてみたい方は、まず白檀沈香など、練香の主原料になっている香木の香りを知っておくと、聞いたときの理解がまるで違います。

よくある質問

練香とはどんなお香ですか?
香原料の粉を蜂蜜や梅肉で練り、丸薬状にして壺で熟成させたお香です。平安時代から使われている最も古いスタイルのひとつで、直接火をつけず、炭の熱で温めて香らせます。
練香は自分で作れますか?
作れます。香原料の粉と蜂蜜があれば練ること自体は可能です。ただし熟成に数ヶ月以上かかるため、すぐには楽しめません。初めての方は市販品から試すのが現実的です。
練香の焚き方を教えてください。
香炉の灰に火をつけた炭を埋め、灰を整えた上に練香をひと粒のせます。直接火をつけないため煙はほとんど出ず、しっとりと湿り気のある香りが立ちのぼります。
六種の薫物とは何ですか?
梅花・荷葉・菊花・落葉・侍従・黒方という、練香の代表的な6つの処方です。それぞれが季節や情景に結びつけられており、たとえば梅花は春を表しますが、実際に梅の花は使われていません。
練香とスティックのお香、どちらが初心者向きですか?
スティックのお香です。練香は炭の準備と火加減が必要で、日常使いには向きません。まず香木系のスティックで香りに慣れてから、練香へ進むのが分かりやすい順序です。
nagomi. 香り監修 川辺一寛

Supervisor

川辺 一寛nagomi. 香り監修

京都生まれ、京都育ち。株式会社若林佛具製作所にて四半世紀以上にわたり香りと向き合い、仏事コーディネーター・京仏マスターソムリエの資格を持つ。nagomi.では香りの方向づけと、淡路島の香司との焚き比べ・共同開発を担う。

練香の主原料を、まず知る。nagomi. 白檀(約60本)

練香の主原料を、まず知る。nagomi. 白檀(約60本)

練香にも欠かせない白檀を、日常で焚ける香調に。天然香料・日本製。¥999(税込)

LINE友だち追加で、毎月1回お得な割引コードを発行します。新作・読みものの更新もお届けします。 友だち追加
Scent Finder

自分に合う香りが、まだ分からない方へ。

4つの質問に答えるだけ、所要40秒。7つの香りからあなたの一本を診断します。

香り診断をはじめる