立ちのぼるお香の煙と、墨で書かれた文字を思わせる静かな和の設え

香りの効能を、10行の漢詩に。500年以上前の言葉。

この記事の要点

  • 香十徳(こうじゅっとく)とは、香りの10の効能を漢詩の形でまとめた10か条の言葉です。
  • 北宋の詩人・黄庭堅の作と伝わり、日本では室町時代に一休宗純が紹介して広まったとされています。
  • 10か条は「心を整える」「感覚を整える」「道具としての徳」の3つに分けて読めます。
  • 「塵裏偸閑」は、忙しい日常の中でひとときの静けさを得るという意味です。

香十徳(こうじゅっとく)とは、香りの10の効能を漢詩の形でまとめた言葉です。「リラックスできる」「集中できる」——現代の私たちが香りに感じている働きは、実は500年以上前にすでに言葉になっていました。この記事では、香十徳の由来と、10か条の意味をひとつずつ読み解きます。

香十徳とは — 由来と伝わり方

香十徳は、北宋の詩人・黄庭堅(こうていけん)の作と伝わります。中国から禅の文化とともに日本へ渡り、室町時代に一休宗純(いっきゅうそうじゅん)——「一休さん」の名で知られる禅僧——が紹介して広まったとされています。成立の詳細には諸説ありますが、香を焚く行為が単なる嗜好ではなく、心身を整える営みとして受け止められていたことが、この10か条からよく分かります。

室町時代は、香りを「聞く」文化——香道が形づくられていった時代でもあります(香道とは)。香十徳は、その時代の人々が香りに見出していた価値の、いわば目録なのです。

10か条の原文と意訳

原文は漢文で、各条わずか4文字。短い言葉に、香りの働きが凝縮されています。

原文読み現代語の意訳
感格鬼神かんかくきしん感覚を研ぎ澄まし、神仏のような見えないものにも心が通う
清浄心身せいじょうしんしん心と体を清らかにする
能除汚穢のうじょおわいけがれ・よごれを取り除く
能覚睡眠のうかくすいみん眠気を覚まし、意識をはっきりさせる
静中成友せいちゅうじょうゆう静けさの中で、香りが友となり孤独を癒す
塵裏偸閑じんりとうかん忙しい俗世の中でも、ひとときの閑(しずけさ)を得る
多而不厭たじふえん多くあっても邪魔にならない
寡而為足かじいそく少なくても十分に足りる
久蔵不朽きゅうぞうふきゅう長く保存しても朽ちない
常用無障じょうようむしょう毎日使っても害がない

※読みと意訳には複数の伝わり方があり、ここでは一般的なものを紹介しています。

「塵裏偸閑」— いちばん現代に響く一条

塵裏偸閑(じんりとうかん)は、「忙しい俗世の中でも、ひとときの静けさを得られる」という一条です。10か条の中で、私たちが特に大切にしているのがこの「塵裏偸閑」と「静中成友」です。

塵裏偸閑——塵(ちり)にまみれた忙しい日常の裏で、閑(ひま)を偸(ぬす)む。通知が鳴りやまない現代の一日は、まさに「塵裏」です。その中で、お香に火をつけてから消えるまでの約30分だけ、自分のための静かな時間を「盗む」。500年以上前の言葉が、そのまま現代の処方箋として通用します。

香十徳 — 10の効能は、3つに分けて読める 心を整える 感格鬼神・清浄心身 静中成友・塵裏偸閑 感覚を整える 能除汚穢 能覚睡眠 道具としての徳 多而不厭・寡而為足 久蔵不朽・常用無障 心・感覚・道具。香りの価値を三方向から言い当てている。

nagomi. の「日常に、香りの間(ま)を。」へ

nagomi. のタグラインは「日常に、香りの間(ま)を。」です。これは、塵裏偸閑の現代語訳のようなものだと私たちは考えています。特別な席のための香りではなく、忙しい毎日の中に差し込む小さな静けさ。1830年(天保元年)に京都で創業して以来、私たちが香りに向き合い続けてきた理由も、結局はこの一条に尽きます。

また「常用無障(毎日使っても差し支えない)」の条は、毎日使えるお香であるために天然香料と日本製にこだわる私たちの姿勢と重なります。どの香りが自分の「間」に合うかは、40秒の香り診断で探してみてください。

科学の言葉になる前から、人は知っていた

香十徳が興味深いのは、嗅覚と脳の研究が生まれるはるか前に、香りの働きを言い当てていることです。眠気を覚ます、心を静める、孤独を和らげる——これらは現代では、嗅覚が脳の情動をつかさどる部位と近い経路でつながっていることから説明が試みられています。

言葉が先で、科学が後から追いついた。香りと心の関係を現代の視点から知りたい方は、お香の効果 — 香りが心と体に働く仕組みへ続けてどうぞ。

よくある質問

香十徳とは何ですか?
香りの10の効能を漢詩の形でまとめた言葉です。北宋の詩人・黄庭堅の作と伝わり、日本では室町時代に一休宗純が広めたとされています。感格鬼神に始まり常用無障で終わる10か条から成ります。
香十徳は誰が作ったのですか?
北宋の詩人・黄庭堅(こうていけん)の作と伝わっています。日本には禅とともに伝わり、一休宗純が紹介して広まったとされていますが、成立の詳細には諸説あります。
塵裏偸閑とはどういう意味ですか?
「塵(ちり)のような忙しい俗世の中でも、ひとときの閑(しずけさ)を偸(ぬす)むことができる」という意味です。忙しい日常の中で香りが小さな休息をつくってくれる、という香十徳の中でも特に現代に響く一条です。
香十徳は今のお香にも当てはまりますか?
当てはまる部分が多くあります。心身を清々しくする、眠気を覚ます、静けさの中で心を落ち着ける、といった内容は、現代の生活でお香を使う人の実感と重なります。500年以上前の言葉ですが、香りの働きの本質は変わっていません。
香十徳はどこで読めますか?
香道や香文化を扱う書籍のほか、香りを扱う店や寺院に掲げられていることがあります。原文は漢文の10か条で短いため、この記事の表のように意訳と並べて読むと理解しやすくなります。
nagomi. 香り監修 川辺一寛

Supervisor

川辺 一寛nagomi. 香り監修

京都生まれ、京都育ち。株式会社若林佛具製作所にて四半世紀以上にわたり香りと向き合い、仏事コーディネーター・京仏マスターソムリエの資格を持つ。nagomi.では香りの方向づけと、淡路島の香司との焚き比べ・共同開発を担う。

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